2010/09/30

からだの設計にミスはない 写本(p84)

身体運動の法則
5:体を横に捻る。捻って顔の向く方の足に重心をかける。反対の後ろの方のカカトは浮き上がる。捻る方の足の平の内側が浮かび上がらぬように、ピタリと足の平で床をふむ。左右交互にやる。
向き易い方は歪みを元に戻すバック運動になっている。
やりにくい方は、それ以上無理するなと赤ランプの警報信号が出ておる。
バック運動して正位置に復すると、やりにくかった方のやりやすくなる。ここが一般のやり方と違う。シゴカないで気持ちのいい運動をすればよくなる。(3〜5回)

<これは、捻転の動き。捻転は捻転する側に体重を移動するのが、原則。
ところが、日常生活では、後ろから背中を叩かれ、思わず振り向くと、捻転する側と反対の方に重心を置く場合があります。このときは、末端からの動きではなく、腰から動いています。腰から動くと身体運動の法則を無視して全く逆の動きを取る場合が生じます。
そのようなときに、ぎっくり腰をしてしまうのです。

ぎっくり腰をする時って、何気ない動きの時が多いのですが、必ずこのような、身体運動の法則から逸脱しているときに起こるのです。

この捻転の動きを追求していくと、足の母指球にある2個の種子骨が非常に重要な役割をしているように思います。
この種子骨は、中指骨の骨頭の両脇にあり、自転車の補助輪のように安定を保つ役割をしています。

からだの微妙なバランスを取るのに、この種子骨の中点、接地面が重要な役割を果たしています。

これと同じように、手のひらの小指側の尺骨遠位に豆状骨という小さな豆があり、物を持ち続けるのに重要な役割をしています。腕立て伏せをするときに、無くてはならない、四つ足で歩いていたときに、使われていた骨です。

このような小さな骨がからだの微調整をしているのです。>
今日はここまで、では ごきげんよう!

2010/09/29

からだの設計にミスはない 写本(p82)

それでは、写本。
身体運動の法則
4:自然体で立つ。
上体を横に倒す。倒れる方に体重をかけてはならない。(重要法則)
反対の方に体重をかけるため、グーと押してやるようにすると、倒れる方のカカトが少し浮く。
無理しないこと。
但し、どちらかやい易い方をすこし強く1〜2回余計にやる。(3〜5回)

<この動作は、側屈。よくラジオ体操やテレビ体操で足を肩幅に開き、右側屈をいかにも自然体でやっているように見せていますが、あれは、身体法則に反しています。あんなことしたら、腰を痛める人がたくさん出てきます。
それに対して、NHKは責任を取っているのでしょうか?

よく考えてみてください、下肢が肩幅を底辺にして腰を受け皿に三角形を作り、上体だけが右側屈したならば、どう考えてもバランス悪いでしょ!

バランスは本人の感覚を通してわかりますが、客観的に、視覚的にもバランスの善し悪しはわかります。
こういうアンバランスのとき、からだは何か、囁いています。
「ちょっと、痛い!」
でも、これがからだに良いんだという思い込みが鍛錬だと勘違いして、歪みを作っていくのです。

右側屈するならば、必ず左重心にならなくてはなりません。
こんな簡単なことを、小学校、中学校もうどこでも教えていません。
これが問題!!
この身体運動の法則に関しては、実は、山ほど言いたいことがあるのです。ですから当分、写本少しの、あとは言いたい放題になると思います。悪しからず!>
というところで、今日はおしまい。では ごきげんよう!

2010/09/28

からだの設計にミスはない 写本なし

一雨、一雨夏の暑さを忘れさせ、冬の予感を演出しているようです。

さて、今日も身体運動の法則に参りましょう。
後屈。
右利きの方は左に重心がいっていることは、ご存じでしょうか?
たとえば、相撲の土俵入りの四股踏み。まず、左に重心を掛けて右足で四股を踏みます。その次に右足に重心を掛けて、左足で四股。最後にもう一度左足重心で右足四股。

これは、実に自然な流れだと思います。つまり、重心が左のある多くの人が、四股を踏むなら四股を踏みやすい左重心の四股が2回。右重心が1回。

そんな時、左効きだった、朝青龍や琴櫻は、最初は多少の違和感があったにちがいありません。

少し話しがそれてきました・・・
そう、後屈です。
後屈はそもそも、日常生活ではほとんど取らない動き。ということは、だれもが苦手とする動きなのです。そんな動きを取ること自体が不自然です。
ましてや、重心がまったく逆になると、からだを痛めてしまいます。
ですから、慎重にやりましょう。

後屈の場合、自然体の立位を工夫します。
普段は、左足を半歩前に出すのですが、反対の足、右足を半歩前に出します。
すると、重心がどうなるかというと、完全に左足に移ってしまいます。もう、後屈をしなさいと言わんばかりのポーズ。

そこで、右足の中趾指節関節・拇趾球を前に押し込む・・・・
すると、あらら・・・からだはゆっくりと後屈してきます。
しかも、完全に重心が左足に乗っていますので、スムーズに後屈の動作が行えます。

どうやら、この章は、このような説明が多くなりそうです。

明日は、写本を行います。
では ごきげんよう!

2010/09/27

からだの設計にミスはない 写本なし

100927ブログ
先日の操体勉強会では、三浦先生のスペインでのご活躍の様子を報告されました。
宗教的な戒律に縛られ、自分を縛っている雰囲気が、一瞬にして感じとられた、その感性に驚嘆いたしました。
さすが、わが師匠であります。

日本大使館でも、日本人に対して講演をされ(テーマは、腰痛を治すには?というコトだったのですが、まず、心を解放しなさい、そうすれば腰痛など、治ってしまうと趣旨を話され、拍手喝采だったそうです)
さあ、これから操体が益々面白い展開をしていくことになります。
私もその担い手としてしっかり精進するつもりです。
では 写本。
といきたいのですが、昨日の続き、前屈と後屈の説明を行いたいと思います。
先日、自然体の立ち方を、
「これはまず両足を腰幅に並行に開き(この場合、両足底の内側間が腰幅)、膝を緩めます(膝を緩めるのは、簡単そうで難しいものです。お尻の筋肉を緩める意識にスイッチを切り替えるとやりやすい)
右利きの人は右足に重心を移し、左足を軽く浮かせます。そして、左足をやや内側に向け、前方に半歩だします。すると
おヘソは、やや斜めを向いています。
そのため、ゆっくりとおヘソをゆっくり正面に向くようにします。
このとき、ゆっくりと目線を正面にもっていくと、自然に腰も正面を向くようになります。
このとき、腕はやや外旋気味に手のひらが正面を向きます。」

と説明しました。
さて、この状態から動作を始める場合、ルールがあります。
1:末端から動き始め、主幹そして末端へと連動していく。
これは、身体運動の法則における鉄則です。橋本先生がこの身体運動の法則を唱えられた時は、まだその点は、明解ではありませんでした。
そのため、腰から動くこともありました。
しかし、今は、末端からの動きが原則となりました。

それでは、前屈を末端から・・・
皆さんは、少し戸惑うかもしれません。
① 自然体でゆったりしたポジションから、左拇趾球を前方にゆっくり踏み込む、すると重心が少しずつ後方にいき、徐々に上体が前屈してきます。もう、こうなったら、その動きに委ねるだけです。いつの間にか前屈しています。

まあ〜、うそかホントかやってみて下さい。
今日は、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/26

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p64)

おはようございます、昨日は、GALLERY SEE BEYOND と言うところで、楽しい展覧会があり、その後、操体の同門が知人のコンサートに招待してくれました。
80年代の歌を弾き語り。
これまた、楽しい一時でした。そのため、ブログをお休みしてしまい申し訳ありませんでした。

GALLERY SEE BEYOND、そしてコンサートともに、ご自宅を提供して生活の中に芸術を取り組み、人々を巻き込んでいくという活動をされています。
これは、家族、近所のご協力、理解がなければ成り立たないことで、日頃の生活態度が素晴らしいことを計り知ることができます。

そして、東京の懐の深さを感じ入った次第です。
この場をお借りしまして、ご招待戴いた田中稲翠先生、主役
の若きアーテイスト・一ノ瀬美生氏、ケイト クラーク氏、コンサートに誘って戴いた横山珠水氏、道案内して戴いた西田尚史氏、田中稲翠先生を紹介して下さった畠山裕美先生に心より感謝申し上げます。

それでは、写本。
       身体運動の法則
3:自然体で立つ。
静かに上体を前に倒して屈する。頭も手もダラリと下げる。ゆくところまででよい。無理しないこと。
止まったところで一息つく。
体をおこす時は、まず顔を先におこしておいてから体をおこす。

今度は体を後ろにそらせる。
前後屈伸に止まったところで一息ついて休む。顔を上げてからおきると、下腹に力が入る。
腰を前後に軽く加減して動かすと角度が大きく、らくにできる。
無理して苦しいのを我慢して大きくやろうとするなかれ。回数がかさなるとダンダン大きくらくに動いてくる。(3〜5回)

<ここで、改めてこれは、身体運動の法則であり、体操ではないということを、申し上げなければなりません。
現在も、この身体運動の法則(からだの動きの真理)は三浦先生が追求され、我々弟子がその継承をしています。
そのため、橋本先生が提唱された上記の前屈後屈は、もっと細かい視点が満載されています。

これからそれを、一つ一つ検証していきます。
自然体で立つ。
これはまず両足を腰幅に並行に開き(この場合、両足底の内側間が腰幅)、膝を緩めます(膝を緩めるのは、簡単そうで難しいものです。お尻の筋肉を緩める意識にスイッチを切り替えるとやりやすい)
右利きの人は右足に重心を移し、左足を軽く浮かせます。そして、左足をやや内側に向け、前方に半歩だします。すると
おヘソは、やや斜めを向いています。
そのため、ゆっくりとおヘソをゆっくり正面に向くようにします。
このとき、ゆっくりと目線を正面にもっていくと、自然に腰も正面を向くようになります。
このとき、腕はやや外旋気味に手のひらが正面を向きます。

この状態が自然体です。
このように、それぞれの動きを事細かく検証しているので、長い説明になります。前屈、後屈は明日説明する事に致しましょう!>
今日は、これまで、では ごきげんよう!

2010/09/24

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p63)

肌寒い日が続き、秋を通り越して冬を感じてしまうこの頃になりました。
本日、三浦先生はじめ、スペインで操体を披露された御一行が、11時45分に帰って来られました。で・・・・たった今、三浦先生から電話が入ってきたところです。

私が、2度ほど電話をし、しばらくたった後、
「あっあ・・先生、お帰りなさいませ!」
「は〜い・・・今、高速を運転中だから、またあとで連絡するよ!」
と、非常に張りのあるお声が、帰ってきました。
まあ〜、相変わらず間の悪い電話を入れてしまいました。
なにはともあれ、お元気そうで、こちらも勇気と元気をいただきました。
ありがたいことです!

さて、昨日の目覚めの重だるさに関して。
もうこれは、昼寝をするしかないと思い、2〜3時間昼寝をしてみました。
そして、その寝起きの良いこと!!
からだ全体が浮き上がっているような、気持ち良さです。筋肉の隅々までがほぐれて、再生したような感覚。

やはり、「勘」は当たっていました。
今日のフィットネスでも、先日の続き、つまり最小限の負荷で、太極拳のような動きのエクササイズをして、もう少し様子を見てみようと思います。
それでは、写本。

身体運動の法則
1:足を腰の幅だけ開き、爪先を並行させて、ゆったりと腰と背骨を直立し、眼の正面の一点をみつめる。ゆっくりと静かに両手を水平に上げ、一息したらバサーッと両手を落とす。
時のどちらか上げにくい方があるかも知れぬ。その時は、そちら側のあしに体の重心をかけてやると、よく上がるようになる。

2:1の如く正面の一点をみつめ、両足をピタリとつけ、尻をグッと後ろにひき、膝と背骨を真っ直ぐに伸ばしアゴを引く。膝を直角になるほど高く上げ、足のウラが床に平らにつくように強くドンドン足踏みをする。この時、手は大きくふる。30〜50回。

<ここまで、写本をして、違和感を覚えてしまいます。というのは、現在では、この2つの動作を身体運動の法則には、組み込んでいないからです。
ですから、身体運動の法則に至るまでの、準備運動、リラックスする方法と思って戴ければ、と思います。
明日から、身体運動の法則に入りましょう。>
今日は、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/23

からだの設計にミスはない 写本なし

おはようございます、今日は秋分の日。
普段は目覚めのいい私なのですが、今朝はからだが重く全くやる気がでてきません。

どうやら原因は、昨夜のフィットネスクラブ。
「ちょっと、挑戦してやろう!」と最少負荷で、15回2セットの時間を、出来るだけ長くしようしました。
そのため、筋トレ用に20近くあるマシンのうち、5種類しか使用できず、それだけで1時間以上費やしました。
丁度、最小限の負荷をかけ太極拳をしているようなイメージ。

伸展していく筋肉の紡錘一本一本を感じながら、行いました。
途中で、交感神経ばかりでなく、副交感神経が働き眠くなるような快に近い感覚を感ずることもありました。
普段つかってない筋肉、特にインナーマッスルと言われている筋肉が総動員したのではないかと思います。

はたして、このやり方がいいのか悪いのか。これは、からだが教えてくれます。
今日に関しては、休みなさい、です。

この感じだと、明日は快適感覚の予感。
なぜなら、普段使ってない筋肉の動きから、快の予感を感じていたから。
「感」という言葉が、多く使われていますが、これは「勘」につながります。勘は原始感覚。
からだを通した「勘」は良く当たります。
明日が楽しみです。


昨日で、写本第一章は終了。全部で五章ありますので、まだまだ道はながいのです。
第二章は身体運動の法則を具体的に説明する章なのですが、現在我々がおこなっている身体運動の法則と、若干の差違があります。また、私自身の見解もあるので、この章はじっくりとやっていくことにしましょう。

ということで、今日は写本なしのオリエンテーションのみにいたします。
それでは ごきげんよう!

2010/09/22

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p58〜59)

天気予報によりますと、夏日は今日まで。
世田谷のど真ん中でも、夜には虫の音が聞こえ、近づく秋を感じています。

スペインからの情報が全く入ってこなくなり、どのような操体フォーラムになったのかわかりませんが、大好評で成功裏に終わっていると、確信しています。
現地時間の9月18日、19日の二日間。
これからは、操体の国際化も堰を切ったように展開してゆくでしょう。

新たな、一歩がこれから始まろうとしています。私も、乗り遅れないように、写本!

        取る取らないはテメエの勝手
でも私はそれでも良かったと思っている。いくら家内とは一心同体だなんて言ったって、確かに生活においてはそうだけども、人間の心を変えることはできないですよ。
「じゃじゃ馬ならし」とか何とかよく言うが、そんなのはノサバった考えだと私は思う。

人を自分の思うようにしようとしたら、ヒットラーやスターリンのようになるしかない。思ったようにするには人を殺さなくちゃできないですよ。
徳をもって化するなんていうのは並たいていのことじゃない。

釈迦だってキリストだって、あれだけの人にしたって、その話を聞いた人がみんな救われているかというと、そうでもない。
それは、一人か二人ぐらいはね、お釈迦様の話が通じたかもしれない。あの蓮華の花を見てニッコリした男のように。
だから元祖の思想というのは後代になかなか伝わらないんだ。みんな宗派にわかれてしまう。

私はよく、この操体を広めるために何か組織を作ったら、と言われるんだが、私はいやだと言うんだ。
あちこちに健康のためにいろんな組織があるけれども、あんなのを作って私を会長にして、というのはおことわりだというんです。作るんなら作ってもかまわん、私のやっていることを広めるんなら、どんどん広めてくれ、だけども私はそれには加わらないよ、というわけです。

私は言うことだけはいう。それをあとで取る、取らないはテメエの勝手だ、というような気持ちだな。誰がどうしようが、何がどうなろうが、自然法則だけは変わらないんだからー。

私には、自分のやったことを残そうなんていう気はないね。
ただ、本当のことはこうなんだよ、と自分で経験したことはみんなに言うけれども、それを取る取らないは勝手なんだ。
私の云々する問題じゃないんです。
みんなそれぞれが、自分のやりたいことをやっていけばいいんだ。それが気持ちのいいことならね。
まあウソがホントがやってみな、ということだ。やってみないで、ケナシてもホメても意味ないよね。
   ー橋本敬三著ー
<橋本先生は、名前なんてどうでも良いんだ、大切なのは真理だ。とよくおっしゃっておられたそうです。
筋ジストロフィーの男の子が操体でよくなっていく様子をNHKが番組にしたとき、初めて「操体」という名前がつきました。
それまでは、名無し。つまり、真理を突き詰めることがたいせつで、名前はどうでもいい。
しかし、公にするにはレッテルは必要・・・・橋本先生の真理・自然の法則に対する謙虚さが、レッテル作りを拒まれたことでしょう。
我々3代目の弟子は、この精神をいつまでも持ち続けなければなりません。>
今日はここまで、では ごきげんよう!

2010/09/21

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p57〜58)

私が利用する東急世田谷線は、2両編成の可愛いチンチン電車。
住宅地の合間をゆっくりと走り抜けます。
途中、信号待ちの時間があったり・・・そんな時は、窓越しに洗濯物が目の前にみえたり・・・・
線路横の青々とした草むらに、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が一輪咲いていました。

この暑い夏日でも、お彼岸にあわせて精一杯生きているんですね。

さあ私も頑張って、写本。

      取る取らないテメエの勝手

私は毎月、月末になると多少の不安を感じるんだ。今月は支払い大丈夫かなと思ってね。
まあそれは、今に始まったコトじゃなくて、開業以来ずーっとだから慣れっこと言えば慣れっこになっちゃっているけども・・・・。でも、何とかやってこれた。
死んだ家内には世話をかけたけどな。

私のせがれの一人に言わせれば、おやじは綱渡りをしているって言うんだ。
「おやじ、それでいいんだよ。とにかく墜落しないんだから、地上最大のショーじゃないか」とね。
そう言われた時は正直言ってうれしかったねえ。

このせがれは三男坊で、今でこそホテルオークラで責任のある仕事をやっているが、こいつがもう道楽者で、学生時代から遊びにかけては天下一品、私も好きなことをやれやれってハッパをかけたけども、でもまあのびた方だねえ。
いやあ、私の子供なんて上等に出来たのなんてあんまりいないからね、PTAに行けばいつも後ろの方の席で小さくなっていたものです。

家内は家内で、もう根っから現代医学の方がいいと思っていたから、私が現代医学の方で出世して大病院の院長にでもなれば満足したろうが、その反対の按摩とか、鍼、灸みたいなことばかりやっているから、ほんとうにしょうがないおやじだと思っていたでしょうね。

<橋本先生の三男の方は、ホテルオークラの副社長にまで出世されました。経営コンサルタントの大前研一氏がある雑誌で、副社長の橋本保雄氏が亡くなってから、ホテルオークラの接客が変わってきた・・・等、橋本保雄氏がなされた業績を非常に評価されていました。
それから、三浦寛先生が、「橋本先生は、どこか寂しい目をされていたんだよな。」
とポツリと話されたことがあります。
最愛の奥様に、橋本先生の仕事を理解してもらえなかったこと、奥様の期待通りの人生ではなかった・・・しかし、それは仕方がないこと・・・
夫婦といえども、所詮は他人同士。
そりゃ、なかなか上手くはいかないものです・・・

でも、いつかいい人見つけよーっと!!!>
今日はここまで、では ごきげんよう!

2010/09/20

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p56〜57)

おはようございます。
今日は友人の鈴木啓造さん宅でコーヒーを飲んでいます。
スズメの声がちゅんちゅん気持ちがいい朝です。

昨夜は、純米酒「綾小町」を飲みながら、
下の画面を肴に話が盛り上がりました。
この動画は京都・大徳寺での一こま。

三浦寛先生が私の体を触れることなく、
一瞬にして、無意識の動きを引き出してくださいました。
このときの状況は、意識は明瞭で、
まるで幽体離脱し、勝手に動く体を鳥瞰しているような感覚でした。



http://www.youtube.com/watch?v=JLkVCPdZhLU&feature=player_embedded

それでは、写本。

アメリカのグレン・ドーマンという人は、「親こそ最良の医師—いかにして脳障害児を治療したかー」という本を出していて、ソニーなんかがそれを応援していますが、私からみると、あれもある程度は可能かもしらんが、あれだけではダメだなと思う。もっともっと中へ入らなきゃー。
そうすればもっともっとよくなる可能性は十分にある。

初めは私も、中枢神経の何かに損傷があった場合にはだめだろうと思ってあきらめておったんだけども、やっているうちにいろんな変化が現れてくる。これは何とかなるぞ、という気がしてきた。

脳の中の変化っていうのは、みな表面に出てくるんですよ。近頃、中国では頭皮鍼というのをやっているらしいが、日本でもその辺のことに注目している人はたくさんいる。
脳のどういう部分の変化がからだのこういう所に出てくる。そして、そこを刺激すればどういう効果が現れてくる、というような研究がね、将来どんどん進むだろうし、その可能性も出てきているんです。

そんなわけで、私は大いに望みを持っているが、それじゃ、いったい今はどうしたらいいのか、と聞かれても、私にはまだ答えようがない。こうしなさい、という具体的なものははっきりわからないが、まあダマされたと思って操体をやってごらんなさい、ということですよね。

操体といっても、家庭でのクスグリ療法が主なもので、やっぱりお母さんが一生けんめいでなくちゃ、まず見込みがない。
子供の病気はお母さんの病気なんだ。
お母さんがまずこの療法を理解してくれて、朝晩少しの時間でも子供にしてやることができたら、大いに望みはありそうな気がする。

小児テンカンは実によく治る。ワキ腹や足のウラをチョコチョコやるだけで著しく変わってくる。
クスリ漬けの児がその必要がなくなってくる。正常児に戻る。 —橋本敬三著— 

                                    

<改めて、操体の可能性を感じます。今日は、藤枝で親友の鈴木敬造氏に操体施術を行わせていただきました。
氏は立位が一番楽。
そんな場合、立位のままでも操体施術は可能なのです。
鍼治療でも、立位でできますが、その場合血流が一気に刺鍼部周辺(刺鍼した場合、10倍の血流があると言われています)に流れるため貧血が起こり、倒れる可能性がある程度あります。
その点操体は安全です。
様々な可能性を秘めた操体を、私なりに追求していきたいとおもっています。>
今日は、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/16

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p55〜56)

今日は、実技テスト。
何とか、合格したかな?
二学期からほぼ毎朝、お灸の練習をしていたのですが、これがやはり本番で生きて来ます。
全く力みが無いまま、テストに臨めました。

何故、力まなかったかというと、お灸の試験の前に、鍼の試験があり、その最後のモデル(鍼を打たれる被験者)が私だったからです。

つまり、私と、私に鍼を打つ女性との2人が、お灸の準備が出来ないまま、テストを向かえることになったのです。

バタバタとお灸のテスト用に道具を並べて、やっと出来たら、即試験。
緊張する間も無くテストが始まったのです。もう、無我夢中でお灸をすえました。6壮以上すえなくていけないのですが、なんと12壮くらいすえてしまったようです。
私は、全く数を数える余裕もなかったのですが、隣りにいたクラスメートが数えてくれました。

大切なのは、自然体。

それでは、写本。
筋ジストロフィーと知恵おくれ

今ね、宮城教育大学の川上吉昭教授を中心としたグループと、私たちも参加して月一回研究会が開かれています。
これには筋ジストロフィーや身心障害児たち、その親御さんたちも加わって、その症状の変化や進展についての細やかな検討や意見の交換が行われております。
筋ジストロフィーについては、NHKテレビにも取り上げられて、確かに効果があること、少なくとも現状のままで症状をストップさせることはできそうだということ。
更には、例の少年のように、歩行不能といわれたものが、水泳が出来るようになり、運動会の競技にまで出られるようになったというように、めざましく回復することもあるということなどがわかってきました。
しかし、ここでいう回復ということは、筋ジストロフィーそのものが回復したということではなく、要するに、ジストロフィーによる機能の衰えを、ある程度高めたという意味ですがー。

知恵おくれの方にしても、私はその可能性を信じているんです。茂貫さんたちが民間の知恵おくれの子供たちの家へ出かけて行っては操体を教えてやっているが、二三ヶ月前に会った時と今とではまるっきり様子が変わっている。
この前も宮城教育大へその子供たちを連れて来ていたけれども、その顔、その目の色、動作の一つ一つが確かに変わっているんですよ。
視線があんまりまとまりがつかなかったのが、ちゃんと物を見るようになったとか、声の出し方が違ってきている。ということは、まだどんどん進展する可能性があるということです。
時間はかかるだろうが、私は必ず可能性はあると思っています。

今日は、ここまで、では ごきげんよう!
明日は、京都に出張。
月曜日から、日記は再開いたします。

2010/09/14

からだの設計にミスはない

本日、明日はテストの前ですので、お休みにいたします。
申し訳ございません。

2010/09/13

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p54〜55)

小さな部屋で、圧力釜を使って玄米炊くと、それだけで、部屋が暖まります。
炊きあがった暖かいご飯を、食べると、滝のような汗!!
ご飯を食べて、こんなに汗かいたのは初めてです。
でも、なんだかすっきりとした元気を戴きました。
暑さに感謝!

それでは、写本。
この神経のことを話せばいろいろなことがあるのだが、とにかくね、のぼせたり、落ち着いたりするのは、この自律神経で調節できるというわけです。

このことは、呼吸、つまり息のつき方でもそれができるということだ。
例えば、歌のコンクールなんかであがってしまって、うまく声が出ない。医学的にいえば、交感神経が興奮して緊張が高まり、その度が過ぎるとのぼせて胸に力が入る。すると胸元やのどから、自分でもおかしくなるほどの
素っ頓狂な声が出てくる。
この時「腹に力を入れて、腹から声を出して下さい」と言われて、ハアーっと息を呼きながら腹に力を入れるようにすると、副交感神経(迷走神経)が刺激されてスウーと落ち着いていく。
そんなふうになっているんです。息のつき方一つでも、そのやり方如何で、案外、落ち着いた安定した生活が出来るんじゃないかと思います。

<さあーて、これから、フィットネスクラブにいって、もう二汗かいてきます。やはり、暑い時は、汗をかくのが一番!>
きょうは、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/12

からだの設計にミスはない 

100912ブログ
きょうは、弟の誕生日。
電話をすると、お祭りの準備で大変そう。次男坊ながら、神社を継いで地域の方々と共に力を合わせて地域発展のため、尽力している弟。
本当に、ありがとう。

バカな兄ちゃん、東京でフラフラしながら、頑張ってます。
ところで、今日の世界柔道選手権48キロ級で優勝した、浅見八瑠奈さん。
弟が教員をしている新田高校卒業。そして、彼女のお父さんが筑波大学の柔道部で、私は筑波大学の野球部。2、3年後輩にあたります。愛媛県人会などで良くお酒を飲んだ仲。
そして、その浅見選手のお父さんは、弟と同じ新田高校の体育の先生。

なにやら、良いことが起こりました。
しかも、弟の誕生日に!!

今日は、朝の8時から夕方5時まで操体。
三浦先生がもうフラフラになるまで、講義をされ、2日後には、スペインに発たれます。
操体の臨床もさることながら、伝道師になれというのが、故橋本先生の遺言。となれば、我々のつぎなるステップは海外での伝導も活動の中の一つ。

機が熟したなら、私もいつでも行ける、そんな気概は持っています。
ただ今は、しっかりと静かな汗をかき、努力あるのみ。

今日は、写本なしで、これまで、では ごきげんよう!

2010/09/11

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p53〜54)

早速、写本を致します。

     興奮したら耳アカをとれ

二三日前の新聞にこんなことが出ていました。
腹が立った時は、マッチの棒で耳アカをとるんだという。
棒の先に綿なんかつけないで、ただこうやって耳アカをとるようにすると、怒らなくてすむんですって。

こりゃあ、うまいことを考えたなあ、と私は感心したんですよ。それで、私の所に出入りしている若い連中をつかまえては、これはどういうわけだかわかるか、と聞いてみたんだが、みんな首をかしげている。
息子に聞いてみたらすぐ分かった。息子は医者だからね。

何故かというと、耳の穴の皮膚の下の方には迷走神経が来ている。迷走神経というのは、刺激すると咳が出たり、クシャミが出たり、水っぱなが出たりすることがある。

あなたがたは、自律神経失調症という病名を聞いたことがあると思うが、その自律神経というのには、交感神経と副交感神経との二種類があり、片方が興奮すると、もう一方が抑制という働きがある。
どんな内臓にもこの両方の神経がかよっていて、お互いのその拮抗作用でバランスを保つようになっているんです。
そしてこのバランスがくずれると自律神経失調症という病名を頂戴するというわけです。

そういうことで、実はこの迷走神経は副交感神経なんです。
交感神経が興奮してカッカとしているところへ、副交感神経である迷走神経を刺激すると、次第に興奮がおさまってくるというわけです。
ついでに言うと、男性より女性のからだの方が交感神経が興奮しやすく出来ています。
まあ、だらしないダンナに腹が立ったら、ダンナだって外で疲れてるんだから、ヒステリックにわめきたてるより、ちょっとマッチの棒で耳をつついてごらんなさい、いつのまにか怒りがおさまっているからー。

そしてね、この交感神経というのは昼間にうんと働くもんだから、夜寝ている時は副交感神経がはたらく。寝るとからだがやすまるのはそういうふうになっているからです。

<ちなみに、迷走神経は延髄から出て、頸静脈孔という頭蓋の底にある穴を下って、胸部内臓(心臓、肺、食道など)、腹部内臓(胃、小腸、結腸前半、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓など)に至る副交感神経です。
体幹を迷走するように回っているので、この名前がついたようです。
ということは、耳は非常にからだに影響を及ぼすところなんですね。
発生学的にも、外胚葉と内胚葉とが細長く、耳とおへそに当たる2点を中心にゆっくり内に渦巻くように人間のからだは形成されていきます。
この様子だけからも、おへそと耳が大事なことがよくわかります。耳、喉、口、舌、目などは感覚を司る大事な器官。おへそは先天の精をいただく命綱。
耳にピアスをして、失明した事例もあります。へそピアスなんて、からだにはよくないでしょうね。>
きょうは、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/10

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p51〜52)

      叱るより誉める

教育でもね、子供を叱ってはダメだ。もちろん悪いことは悪いんだから、そこのところはちゃんとおさえておいて、そこをガンガン叱るじゃなくて、その子の全体を見ていてね、何でもいいから少しでも良いことがあたらそれを誉めてやる。

そうすると、今まで悪かった所がパアーととれてくる。
我々みたいに年くっても誉められれば気持ちいいし、悪い気はしないが、子供は特にそうみたいですね。
とにかく認められたいという本能は我々以上に強い。

「お前なあ、これさえうまくやれば、何でもうまくやれる奴なんだけどなあ」
などとポンと一つやっとけば、パッととれる時がある。

それをね、悪い所ばかり見つけてガミガミ言われたら、それでも治ることもあろうが、時間はかかるし、お互いに面白くも楽しくもない。
痛い腕を無理やり痛い方へ曲げて、お互いがウンウン苦しんで汗流して、それでも治ればいいが、下手すると永久に元に戻らなくなる、そんな治療と同じだって気がする。

子供が悪いことを知らないでやっているんなら、やっぱりそこは指摘して、それが本人の将来に、本人のからだにどう良くないのか教えてやらねばなるまいが、それを無理やりにね、上から押し込むんじゃなしに、悪いということは、チャンと何らかの形で子供自身の上に現れているんだから、まずそれに気づかせてやる。
それだけでもう半分は治ったも同然で、あとはそこをガミガミと注意し叱るんじゃなしに、子供がそこから逃げれるように、悪い方から良い方へ、気持ち悪い方から気持ち良い方へと気持ちが向くように手助けしてやることだ。

うまいもん食いたかったら、女房の料理を誉めればよい。
うまかった時はどんどん誉める。
「いやー、今日のはうまいなあー、特別にうまいなあー」ってね。するとね、やっぱり女房だって悪い気しないから、この次にも何んとかうまいものを食わせてあげよう、と思ってね、いつもとはいかんでも、少なくともそういう努力を惜しまなくなるだろう。

そりゃそうですよね。誰だって自分の欠点を言われて気持ちの良いものはいない。
自分がその欠点に気づいていればいるほど、他人からそれを指摘され、どなられるとシャクにさわる。
かえって気が滅入ってきて、それを治そうという気分がそれるばかりか、相手が憎らしくなる。

欠点は欠点で、それをお互いに知っていることは必要だけれども、そこにとどまっていたんじゃ、世の中楽しくも明るくもない。
だから、何か良い所見つけなくっちゃ。人のアラ探しするよりも、何か良いところを見つけた方が、見つけた当人も気持ちがいいし、された方も気持ちがいいですよね。
要するに“気持ちがいい”ってことさ。

<身につまされる節です。個人的に・・・私は10年前に女房と分かれました。料理が美味しかったって、言ったことが無かったように思います。あえて、女房の方から「どういたしまして」と言ってくるぐらいでした。そして「あ、あ〜美味しかった」何というダンナだったのでしょう。
女房は一番近い他人であったことを、いつの間にか、忘れていった・・・・本当にダメなダンナだったのです。

女房にこそ、やさしいやさしい言葉がけが必要であることを、今、痛切に感じています。
私の言葉がけが足りなかったばっかりに、可愛い子供3人には、辛い思いをさせてしまったのです。
本当に申し訳ありませんでした。>


今日は、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/09

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p49〜50)

今日は、早速写本に入りましょう。

NHKでもラジオやテレビで体操やっているがあの中で
上体を右に倒したり、左に倒したりする運動がありますね。
あの動きで、右の方に上体を倒す時には、腰をまっすぐにして上体だけを右に倒すというふうに皆考えている。
また、そういうふうに指導もしているらしいが、あんな姿勢でうんと右の方へ倒すとからだを壊してしまう。
右に上体を倒す時には、左足に重心を置き、腰を左に移しながら倒すと、スウーとラクに倒れるんです。
こういうことを誰も言わない。体操の先生方が知らないんだ。

<私は、毎日フィットネスクラブに通っていますが、この当たり前の法則を知らないで、インストラクターが指導しているのは分かります。ただインストラクターの勉強意欲は充分感じられますので、いずれこの自然法則を理解する日は来るでしょう>

たったそれ一つだけでも知らないために、体育大学の学生は全部ケガをしている。体育大学に入ってケガをしてない学生っていうのはまあいないね。
とにかく無理をする。からだを動かすのにもそういう自然の法則があるということを誰も教えてくれないものだから、ただ一生懸命無理な動きをして、それを鍛錬だと思っている。
これではケガするわけですよ。

マラソンなんかでも、あの君原という選手などは、走っているうちに横腹が痛くなるらしい。
どこか走り方に無理があるんだろうね。
チャンとわけがあって痛くなるんだから、もうちょっとからだのことを知らなくっちゃ。
昔は今のオリンピックのマラソン走者よりももっと速く走る人がいくらでもいたらしい。
日本の忍者なんてのは、一晩のうちに江戸から京都まで行ったというんだから。まさかとは思うけど、とにかくすばらしく速く走った者がいたらしい。走り方のコツを知っていたんだ、きっと。

忍者のことはともかく、昔から名人といわれた人たちは皆、鋭い勘でこの辺のコツをつかんでいて、自分のからだを上手に使ったんだろうと思います。だから何をやっても能率よくコトが運べたんでしょう。
<茶道は、シンプルに無理のない所作を理にかなった形に表しています。この所作が、日常生活を営むうえでの基本となります。あらゆることが集約された世界。
今こそ、日本の遺物を再考する時!!>
今日は、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/08

明日、実技試験があるため、今日は短く修めます。

早速、写本。

人間のからだは、ちょうど簡単な家屋構造に譬えられる、と私は思っております。家屋の基礎構造、つまり、四つの土台の上に四本の柱を立て、その上に枠(ワク)を組み、屋根を合掌で組み合わせて、中央を棟で結び、そこに天井を張る。
この屋根裏に内蔵をセットし、棟木を背骨と考えて、これに頭と尾をつければ、四つ足のケダモノで、このケダモノが後ろ足で立ち上がったものが人間である、と。

しかも、人間ーこの動く建物ーは動きます。そしてこの構造からも分かるように、どこか一ヶ所が動けば、それに連続する他の所も必ず動くように出来ていて、これを同時相関連動性というが、その動き方にチャンと法則がある。
その法則を見ていない、というわけです。

例えば、右の手で、自分のからだの前のものを拾う時には、右の足を出して拾うと拾いにくいんです。
左の足を出して拾うと拾いやすい。そういうふうにチャンと出来ているんだ。出来ているということは、そういうように自然の法則があるということです。

<人間を動く建物と考える発想は、日本人ならではだと思います。壁を土台のようにして作る西洋的な考えでは、思い浮かばないでしょう。また、土壁は皮膚。土自体は、地球の皮膚。日本家屋は、それだけで生命体の象徴なのです。>
今日は、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/07

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p47〜48)

昨日のフィトネスクラブで、からだの歪みを診てもらいました。
ブルーの垂直・水平線を5センチ刻み交差した白い壁を背に、私は両手を挙上して長い棒をにぎってスクワット。
その動作を、今度は横を向き2回ほどスクワット。
何やらぎこちない動き。
そのパフォーマンスを録画再生して、インストラクターと一緒に見ながら、2つの指摘をいただきました。

1:右の広背筋の方が大きく、やや緊張気味。
2:足首が軟らかくないので、腰が踵まで下がらない。

1の原因は、高校、大学とやっていた野球のせいです。右利きのため、ボールを右腕ばかり使って投げていました(野球をやっていると、当たり前ですが、考えて見るとからだのバランスを崩す動作ですね)。
そのため、両手を挙上すると、左上肢はぴたりと耳にくっつくのですが、右上肢は20センチほど空間が出来てしまいます。

そこで、その歪みを取る方法。
①立位の状態で、ゆっくりと左に側屈しその後ゆっくり前屈。
②立位の状態で、ゆっくりと左に側屈しその後ゆっくり後屈。
③四つん這いになり、おへそを見るように背中を丸め、肩甲骨間を広げ、一気に急速瞬間脱力。
これって、操体です。
このフィトネスクラブは9月から、この歪み矯正プログラムを始めたのですが、操体を導入しているようです。

とにかくこの①②③の動きなら、もうお得意です!
おっと、それからもうひとつ。
④足首を軟らかくする動作。直径15センチ程の円柱を縦割りにし、円弧を下、平面を上にします。
その平面の部分に立って、両手で長い棒を支えにして、ゆっくり足関節を背屈・底屈。

これらの動作を10分ばかりゆっくり味わいながらやりました。
すると、見事に腰が踵までつくスクワットが出来、右手は耳までくっつくように・・・・インストラクターの驚いた顔は何やら愉快でした。

それにしても、インストラクターにいわれる前に、このような操法を自分に課せていないことを、痛く反省した次第です。
また、このような大きな企業が、歪みの矯正に乗り出したことは、我々プロとしては、脅威です。

多くの引き出しを持つよう、精進精進!!
では、写本。
        名人というものは

今まで生きて来た私たちの先輩たちの中でも、名人っていわれるような人は、やはりからだの動きを知っていたと思うんです。
それをコツというか、勘(原始感覚)といおうか、そいうもので知っていたので、それを説明することができなかっただけなんですよ。

しかし、私は多少なりとも皆さんに申し挙げることができると思う。
それは、そんなに難しいことではありません。
手が二本あって足が二本ある。まん中に胴体があって、そのてっぺんに頭がついている。
例えば、物を拾う時にはね、もちろんどっちの手で拾ってもかまわないけど、まあギッチョでない限り右手を使うと、右手ばかり使っていると、やはり基礎構造が捻れてしまう。
そんなにひどくなくてもね。

野球でも左バッターもいるし右バッターもいる。左投手も右投手もいるというふうに、偏ったからだの使い方で、基礎構造が多少ともくずれてくる。
くずれても、それが元に戻る範囲であれば問題はないが、あんまり曲がり過ぎたり、捻り過ぎたりすると調子が悪くなってくる。

こういうことは、東洋医学でもよくわかっていた。それがどういうふうに捻れると、どういう病気になるかっていうことも大体分かっていた。
ところがね、一番肝心の動き方の法則というようなことを書いてないんです。

今日は、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/06

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p46〜47)

私の母親は、驚く程の少食。
しかも、弟夫婦と生活し、お嫁さんが中学校の家庭科の先生をしていたとあって、料理上手で健康管理上手。
そんな訳で、母親は78才になっても、寝込んだことはありません。
いつも笑顔を絶やさない母親をイメージしていると、それだけで元気になります。
この笑顔と少食=健康生活の基だと私は、確信しているのです。

私は、甲田光雄先生の本を読み、午前中は固形物を入れず、水分だけを取り、午後軽い食事。夕食はこれまた、ビールと焼酎の水割りと軽い食事。間食はほとんどしません。
お陰で、体脂肪率11,3%。適正目標値は10〜20%ですからバッチリ!
それでは、写本に入ります。

私はうちに来る患者さんに「うまいものを食い過ぎるな」と口をすっぱくして言いますが、とにかく今は何でもかんでも手軽に手に入るようになったから、毎日毎日がご馳走です。
とくに動物食は栄養価が高いとばかり、どんどん食べる。
確かに動物性タンパクはいいものには違いないが、良ければ多く食べるのがからだに良い、と考えるところに大きなワナがある。
いくら良い薬も適量を超すと毒になる、ということです。

人間には全部で二十八本の歯があるが、肉食用の歯は犬歯、糸切り歯の計四本、すなわち全歯中の七分の一にすぎません。
野菜用の前歯は八本、雑穀および堅果類用の臼歯は十六本。
この歯の種類と数に注目してください。
これに比例させるように食べ物をとっていくことが、最も人間に合った食生活だといえるのではないでしょうか。
肉を食べたら、その七倍の野菜はご飯をとる。
肉ばかり食べて野菜やごはんはチョッピリというのではからだを壊してしまいます。

私の所へ運動選手などもよく来るが、揃いも揃ってからだが固い。こういう人たちはみんな肉の食べ過ぎだ。
いくら運動してからだをきたえたって、自分のからだを壊すような食事を一方でやっていたんでは何にもならない。

<この歯と食事の関係は、マクロビオティックの創始者・
桜沢如一先生の思想を有難く頂戴したものだと思います。
この先生の簡単な紹介をいたしましょう。

桜沢如一先生は、京都府出身の食養家で、マクロビオティックの創始者です。
海外では、ジョージ・オーサワというペンネームでその名を広く知られています。
1955年には、アフリカ・仏領ガボンにてアルベルト・シュバイツァー博士と会見し、
アルベルト・シュバイツァー博士の元で、死亡率100%とされる熱帯性潰瘍に自らかかり、
医薬を用いずにマクロビオティック理論を実践して食事療法だけで治してみせたそうです。

マクロビオティックという言葉は、古代ギリシャ語が語源であり、
西洋医学の父・ヒポクラテスが唱えたマクロビオスに由来します。
macro=偉大な、bio=生命、tic=学術という三つからなる造語で、
大いなる宇宙や自然の在り方に適応するための生活術を意味します。
現在では、日本古来の食養生と中国の易の陰陽を融合した食事療法の名称として用いられています。

明治時代に軍医・医師・薬剤師の石塚左玄先生が食事療法としての玄米菜食を最初に体系化し、
その弟子である桜沢如一先生がマクロビオティックという名称を用いて世界中に広めました。
その教えは、大森英桜先生、久司道夫先生などに引き継がれてさらに発展していきました。

マドンナ、シャロン・ストーン、ニコール・キッドマン、マイケル・ジャクソン、
ジョン・レノン、アル・カポネ、トムー・クルーズ、グウィネス・パルトロウ、
クリントン元大統領、カーター元大統領、坂本龍一さん、忌野清志郎さんなどの
多くの有名人が実践している事で世界的に脚光を浴び、日本に逆輸入されてきました。

人間の歯は全部で32本あり、臼歯が20本、切歯が8本、犬歯が4本という割合です。
臼歯は主に穀物をすり潰すための歯、切歯は野菜類を切るための歯、
犬歯は肉や魚を食いちぎるための歯であると考えられます。
歯の構成を見ると、人間は穀食動物であると推測する事ができます。

マクロビオティックの基盤は、無双原理です。
無双原理の根本は、遠心力の陰と求心力の陽です。
森羅万象が陰と陽の力で成り立っていると考えられています。

【陰と陽の四つの法則】
①陰と陽は互いに引き合う。
②陰と陰、陽と陽は反発し合う。
③大きな陰は小さな陰を、大きな陽は小さな陽を引き付ける。
④陰極まれば陽、陽極まれば陰に転じる。

人間、牛、豚、鶏、魚などの動物は陽性で、植物は陰性という事になるようです。
陽性の人間と陰性の植物は互いに引き合いますが、陽性な人間は陽性な動物とは反発し合います。
人間が同じ赤い血の動物を食べると、体の中で反発が起こり、それが病気という形で現れます。
つまり、人間は植物を食べるのが自然だという事であり、これが菜食主義の原点なのです。>
今日は、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/05

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p46)

昨日は、京都の猛暑を体感してきました。
台風9号が南から運んでくる熱風と強い日差しで、頭はクラクラ。
暑さに怒りを通り越して、も〜〜笑うしかありませんでした。(京田辺市では39,9度!!!)

こんな時は、船岡温泉が一番。
大正12年にでき、欄間やタイル(私が2ヶ月滞在して、作品をつくったスペイン・マジョルカ島が原産)が有名で、文化財の指定を受けているそうです。

410円でサウナ、檜風呂、露天風呂等あるのですから、贅沢です。
外国人用のガイドブックには、この温泉がしっかりと紹介されているのでしょう。必ずと言っていいほど、外国人はいます。
昨日は、フランス人。
英語を嫌うフランス人とは、あまり会話をしたくないので、極力会わないように、お風呂を移動するのですが、なぜかよく会う。
まあ〜そうゆうときは、ニッコリ笑顔。

それにしても、老若男女・洋の東西問わず集まる場所というのは、パワーがあります。
私の治療所の理想形です。
ガンバロ〜っと。

では 写本。

とにかくね、食べ物は自分で創って、それですべてを賄うわかにはいかないから、結局は買って食べることになる。
買うものがおれば売るものがいる。
そうすると、売る方からしてみれば、良い物を作って売るということもさながら、いかに儲けるかということの方へ気が移って、そこに人間の悪知恵が働く。
安い物をいかにして高く売るか、汚いものをいかにきれいに見せるか、そしてなるべく腐らないようにと、防腐剤を入れたり、ワックスぬったり、ビニールでくるんだりする。

ごまかして金儲けてやれ、とばかりにいろいろ細工されると、売る方は儲かるかもしれないが、買う方はいい迷惑で、直接に被害を受けるわけです。
売る方にしたってまわりまわって自分におぶさってくるとは考えもしないんだ。
手間は大きくなる一方だし、工賃は上がるしで、結局は自分が自分の首を締めることになってるんだけども。

<この節を写していると、美山のおばさん達の顔が浮かんできます。70才後半の独居老人。
朝早くから、畑を耕しそれはそれは、立派な野菜を作ります。もちろん、無農薬。
ド素人の私なんぞ、戴くのが専門。おばさん達も一人では食べきれないのです。
隣の集落には、無人販売の新鮮野菜受け渡し場があり、100円で、無農薬新鮮野菜が買えるのです。
たまったお金を使って、みんなで温泉旅行に行くそうですよ。
まあ〜野菜作りのプロが競い合っている中で、おとなしくありがたく野菜を戴くって・・・ホントに贅沢な生活だったのですね〜>

今日は、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/03

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p45〜46)

まだまだ暑い日が続きますが、汗かく気持ち良さを教えてもらった夏、と思うようにしています。

現在、午後の4時。パンツ1枚で脇の下から汗を垂らし、パソコンに向かっています。おそらく室内は、32度程度。時折、流れてくる風に少しだけ秋を感じます。
真っ裸になって、28度が人間にとって一番快適な温度だそうです。そんなときは、汗もかかず、冷えも感じないはず。

あれれ・・今吹いてきた風で、脇の下からの汗も引いてきたようです。これから、夜に向かいもっともっと良い風が吹いてくる予感・・・

こんな生活が出来ていることに感謝します。
京都・美山町の自然に馴染んだからだが、都会のど真ん中でも、汗という手段を通して、自然児を創りだしてくれてます。

ホントに有り難いことです。
さて、それでは写本。

更には、昔は一日しかもたなかったものが、一週間置いても腐らないように加工して売り出されている。
昔の醤油はすぐにカビがはえたけれども、今はいつまで置いても大丈夫。あれはきっと防腐剤やらなにやらいろいろなものがいっぱい入っているんでしょうね。

だけども、やっぱり食べ物にも、その時間と空間の約束事があることを無視して、あんまり人間勝手に細工していたら、自分でつくった毒をのむといったようなバカなことをしでかすことにもなりかねない。もう現にそうなっている。

<3年前、美山町で生活しているときのことです。コンビニ生活とは無縁な場所です。ところが、車を飛ばして50分くらいすると、園部町にはコンビニがあります。
そこで、納豆巻きを買い、冷蔵庫に入れておりました。
それから経つこと、半年。
納豆巻きは冷蔵庫の隅に追いやられておりました。それに気づいて、手にした納豆巻きの美しいこと!
ご飯は、ピカピカ光り、納豆もそれはそれは、美味しそうでした・・・・

この時以来、コンビニでおにぎりを買えなくなってしまいました。
その反動が、東京での冷蔵庫無しの生活。
出来るだけ、スーパーという大きな冷蔵庫まで、歩いて食料を調達し、その日のうちに食べる。これは、まさしく都会における、原始生活>
今日は、ここまで、それでは ごきげんよう!
明日は、京都に出張のため、お休みします

2010/09/02

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p45〜46)

大徳寺での「東京操体フォーラム in 京都」が無事終了。
ホッとしている間もなく、来週から実技試験が始まります。
慌ただしい日々を再び送ることに・・・・・と思いきや、何故か落ち着いています。
(もっとも、今だけでしょうが・・・)

とにかく、積極的に生きていれば、運が付いてくると信じるようになり、開き直って生活しているようです。

この日記を付けることも、運を呼び込む要因かもしれません。

多くの人々に運をはこんでいる人に、私の友人であり、憧れの人である梅棹マヤオさんという方がおられます。
マヤオさんは、京都・美山町に居を構えて25〜6年。
20年前、私が美山で生活をするきっかけとなったのは、マヤオさんの存在です。
田舎生活を満喫しながら陶芸家としての活動をし、笑顔が素敵で温和な人柄は、様々な人々を引きつけます。

お父様は、2ヶ月前に亡くなられた梅棹忠夫先生。文化人類学の世界的な権威で、「文明の生態史観」は色眼鏡で見ていた歴史を、クリアーにしてくださる名著。グローバルな物の見方を教えて戴きました。
そんなお父様を持つマヤオさんですから、世界各国から友人が美山の山奥までやって来ます。
マヤオさんの奥様・美衣さんは、某大手ビール会社の社長秘書をしていた笑顔のすてきな料理の達人。

もうこのお二人の笑顔とおもてなし、そして、美山町で一番美しい茅葺き民家が、日本はもとより、世界各国から訪れる人々を魅了するのです。
美衣さんはお茶の名人でもあります。
ある時、「佐伯君もお茶をやったら?」と誘われ、いつの間にか、大徳寺・玉林院で羽織袴を着て、茶室案内係をするはめに・・・・

まあ〜そんなご縁がなり染めで、大徳寺・玉林院とお世話になるような間柄となりました。

月に2回、京都に通い、大徳寺・玉林院さんの茶室で施術をしている事って・・・・もしかして、もの凄い事!!

今回の「東京操体フォーラム in 京都」の準備をしながら、
ふと気づきました。そして、何度も、何度もマヤオさん・美衣さん・玉林院さんに「ありがとうございます」と言い続けたのです。

マヤオさん・美衣さん。来年は、三浦先生にお頼みしてご招待させて戴きます。
では、写本。

     うまいものを食い過ぎるな
食べ物は生命のもとだ。「食いものの恨みは恐い」などとよく言うが、誠にもっともなことだと思います。
しかし、物の食べ方にもチャンと法則がある、とさきほども言ったけれども、それをむしすれば、やっぱりからだの調子がおかしくなるということです。

例えば、動物はね、物を食べるのに、自分の行動範囲内の物しか食べない。一日のうちに行ってこれる範囲の物に限られる。
ところが、人間だけはそうじゃない。
船で、あるいは飛行機で外国の物を運んでくる。九州のドジョウがその日のうちに北海道で食べられる。又、一般に動物はその季節の物きりしか食べないが、人間だけは違う。
米や麦、芋類など貯蔵したり、塩や酢をつかって長く保つ工夫をし、ハウス栽培が盛んになって、一年中いちごや胡瓜が食べられるようになった。

<この本が出版されたのが、1978年(昭和53年)。おおよそ30年近く前です。高度成長期で世の中が大きく移り変わっていく時期でした。明治生まれで、2回の戦争を体験されておられる橋本先生が、食べ物の流通、保存法等に何かうさん臭いものを感じられるのは・・・やはり、原始感覚のなせる技・・・>
今日は、ここまで、では ごきげんよう!

2010/09/01

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p43〜44)

おはようございます。
今日は、朝からブログを書いていています。
本来なら、この時間帯、学校で勉強しているはずなのですが、臨時休校。
3年生の実技総合試験があるのです。
もう、昨日から学校はピリピリした緊張モード。白衣を着た3年生が、こわばった顔で往来しています。来年は、私もこの渦中にいるわけです。

とにかく、国家試験100%合格を目指す我が校。
夏休みを返上して、3年生の実技を鍛え上げ、その後の半年は、国家試験対策に当てているようです。
とんでもない学校に入学してしまったと思う反面、有難いなあ〜と、ニンマリしている私がいます。
というのも、この学校にいれば、私のようなものでも「何とか国家試験に受かる!」という光が見えて来るからです。

ニンマリついでに、私の人生に光が差し込んできている予感。

先日、20年前の職場の社長とお会いする機会があり、中村天風という偉人の話を伺いました。
名前だけは存じておりましたが、その人となりは知りませんでした。

社長の話から、中村天風氏は、生き神様と確信。
結核で余命数年と宣告され、世界中を駆け巡りエジプトのカイロで出会ったのが、インドのヨガの聖人カリアッパ師。
弟子入りし、ヒマラヤ山中で2年半修行し、天風哲学を作り上げました。その間に、病に囚われていた心を解放することで、結核という病を葬り去ったのです。

存在していることに感謝し、積極的に生きることを説くその生き方は、操体の創始者・橋本敬三先生と同じ。

この生き方こそ、運を呼び込むもの、私のブログにも運を吹き込みたいと思います。
それでは、写本。

呼吸と運動には、そのようにチャンと法則がある。この法則を知らないとケガをします。運動は息を呼きながらやる。吸う時には、運動神経が働きません。

剣道などでもスキを突かれる時、必ず吸う瞬間です。柔道にしても、この瞬間に技をきめられやすく、ギックリ腰も吸う時にやられやすい。
管楽器を奏する時、あるいはお経をあげたり、詩吟や歌をうたう時など、みな呼吸の法則に合ったやり方でないとうまくいきません。
よく「修養して腹をつくれ」と言うが、この「腹」も呼吸によって練れてきます。

私は患者さんたちに、毎晩眠る前に腹式深呼吸をするようにすすめています。夜寝る前に床の中でおやりなさい、と。

枕をはずして両手を当て、両膝を立てて軽く合わせます。その時、足先を少し内側に向け、爪先を軽く踏む気持ちになって、下腹をくぼませながら、できるだけ息を呼き切る。からだの中の息を全部呼き出すつもりで呼くのです。

そして、吸う時は下腹に吸うつもりで、ごく自然に吸ってください。これを毎晩床の上で十回くらいする習慣をつけるとよいのですが。

毎晩これを続けていますと、起きている時も、何か仕事をしている時も、いつの間にか腹に力が入っているようになり、落ち着きが出てきます。「腹」が練れてきた証拠です。

コツは呼き方にあります。とにかく充分に呼く。よく呼けば吸う方はひとりでに入る。吸う息のことに意を使うことはありません。
吸う息は素早く、呼く息は長く、です。

とにかくね、呼吸する時は背骨がみんな動いたら、内臓もみな影響うけるんです。呼吸の仕方一つでからだの中が変わり、人間が変わるということは、注目すべきことだと思います。

<からだと心を結ぶのが呼吸=息=生き、なのでしょうね。>
きょうは、ここまで、では ごきげんよう!