2010/09/21

からだの設計にミスはない 写本(柏樹社p57〜58)

私が利用する東急世田谷線は、2両編成の可愛いチンチン電車。
住宅地の合間をゆっくりと走り抜けます。
途中、信号待ちの時間があったり・・・そんな時は、窓越しに洗濯物が目の前にみえたり・・・・
線路横の青々とした草むらに、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が一輪咲いていました。

この暑い夏日でも、お彼岸にあわせて精一杯生きているんですね。

さあ私も頑張って、写本。

      取る取らないテメエの勝手

私は毎月、月末になると多少の不安を感じるんだ。今月は支払い大丈夫かなと思ってね。
まあそれは、今に始まったコトじゃなくて、開業以来ずーっとだから慣れっこと言えば慣れっこになっちゃっているけども・・・・。でも、何とかやってこれた。
死んだ家内には世話をかけたけどな。

私のせがれの一人に言わせれば、おやじは綱渡りをしているって言うんだ。
「おやじ、それでいいんだよ。とにかく墜落しないんだから、地上最大のショーじゃないか」とね。
そう言われた時は正直言ってうれしかったねえ。

このせがれは三男坊で、今でこそホテルオークラで責任のある仕事をやっているが、こいつがもう道楽者で、学生時代から遊びにかけては天下一品、私も好きなことをやれやれってハッパをかけたけども、でもまあのびた方だねえ。
いやあ、私の子供なんて上等に出来たのなんてあんまりいないからね、PTAに行けばいつも後ろの方の席で小さくなっていたものです。

家内は家内で、もう根っから現代医学の方がいいと思っていたから、私が現代医学の方で出世して大病院の院長にでもなれば満足したろうが、その反対の按摩とか、鍼、灸みたいなことばかりやっているから、ほんとうにしょうがないおやじだと思っていたでしょうね。

<橋本先生の三男の方は、ホテルオークラの副社長にまで出世されました。経営コンサルタントの大前研一氏がある雑誌で、副社長の橋本保雄氏が亡くなってから、ホテルオークラの接客が変わってきた・・・等、橋本保雄氏がなされた業績を非常に評価されていました。
それから、三浦寛先生が、「橋本先生は、どこか寂しい目をされていたんだよな。」
とポツリと話されたことがあります。
最愛の奥様に、橋本先生の仕事を理解してもらえなかったこと、奥様の期待通りの人生ではなかった・・・しかし、それは仕方がないこと・・・
夫婦といえども、所詮は他人同士。
そりゃ、なかなか上手くはいかないものです・・・

でも、いつかいい人見つけよーっと!!!>
今日はここまで、では ごきげんよう!

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